どのチャンネルつけても、報道番組一色で、オイラはすっかりテレビから遠ざかっちまった。こうなってくると、ホントにお笑い芸人とかバラエティ番組にできることは少ないよ。
地震発生から間もない14日の月曜日に、『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ系)の収録があって、スタジオに客まで入れたんだけど、直前に取り止めたんだ。所(ジョージ)と相談してさ。こんな時に着ぐるみ着てバカやれないよって。とてもじゃないけど笑えないよってさ。
よく「被災地にも笑いを」なんていうヤツがいるけど、今まさに苦しみの渦中にある人を笑いで励まそうなんてのは、戯(ざ)れ言でしかない。しっかりメシが食えて、安らかに眠れる場所があって、人間は初めて心から笑えるんだ。悲しいけど、目の前に死がチラついてる時には、芸術や演芸なんてのはどうだっていいんだよ。
オイラたち芸人にできることがあるとすれば、震災が落ち着いてからだね。悲しみを乗り越えてこれから立ち上がろうって時に、「笑い」が役に立つかもしれない。早く、そんな日がくればいいね。
常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。
今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。
じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒瀆だよ。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。
一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。
そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えてるんだから。
だから、日本中が重苦しい雰囲気になってしまうのも仕方がないよな。その地震の揺れの大きさと被害も相まって、日本の多くの人たちが現在進行形で身の危険を感じているわけでね。その悲しみと恐怖の「実感」が全国を覆っているんだからさ。
逆にいえば、それは普段日本人がいかに「死」を見て見ぬふりしてきたかという証拠だよ。海の向こうで内戦やテロが起こってどんなに人が死んだって、国内で毎年3万人の自殺者が出ていたって、ほとんどの人は深く考えもしないし、悲しまなかった。「当事者」になって死と恐怖を実感して初めて、心からその重さがわかるんだよ。
それにしても、今回の地震はショックだったね。こんな不安感の中で、普段通り生きるのは大変なことだよ。原発もどうなるかわからないし、政府も何考えてるんだかって体たらくだしさ。政治家や官僚たちにいいたいことは山ほどあるけど、それは次回に置いとくよ。まァとにかく、こんな状況の中で、平常心でいるのは難しい。これを読んでる人たちの中にも、なかなか日頃の仕事が手につかないって人は多いと思うぜ。
それでも、オイラたちは毎日やるべきことを淡々とこなすしかないんだよ。もう、それしかない。
人はいずれ死ぬんだ。それが長いか、短いかでしかない。どんなに長く生きたいと願ったって、そうは生きられやしないんだ。「諦め」とか「覚悟」とまではいわないけど、それを受け入れると、何かが変わっていく気がするんだよ。
オイラはバイク事故(94年)で死を覚悟してから、その前とその後の人生が丸きり変わっちまった。
今でもたまに、「オイラはあの事故で昏睡状態になっちまって、それから後の人生は、夢を見ているだけなんじゃないか」と思うことがある。ハッと気がつくと、病院のベッドの上で寝ているんじゃないかって思ってゾッとすることがよくあるんだ。
そんな儲けもんの人生だから、あとはやりたいことをやってゲラゲラ笑って暮らそうと思うんだ。それはこんな時でも変わらないよ。やりたいことは何だって?バカヤロー、決まってるだろ。最後にもう一本、最高の映画を作ってやろうかってね。
完全な表現はありえない。 8割でよしとすることにしよう。 このように考えないと、いつまでたっても完成しない。 実際のところ、あなたは生きている。 生きているということは考え方・技法・知識・経験がどんどん変化している ということだ。 しかしながら書かれた文章は変化しない。 ということは、 ここが気に食わない、あそこを修正したい、 という作業を永遠に続けることになってしまうではないか。
もちろん、その時点での最善は尽くそう。 よりよい表現を心がけよう。 でも、ある程度のところで、次に進もう。 99%の完成度に10年かかるより、 80%の完成度に半年の方がよい場合がはるかに多いものだから。
It’s amazing how big a difference a little thing can make.
The Little Habits from “zenhabits”
以下は抄訳。
My Little Habits: 小さな習慣
- Get-in-the-door ritual. 帰宅時の習慣
帰宅したら、全ての持ち物を有るべき場所に置く。買ったものや借りたものがあれば、それも片付ける。持ちこむものに気を使わなければ、家の中の simplifying も organizing も意味がなくなる。- Put clothes away. 服を片付ける
服を脱いだら、カゴに入れるか引き出し・クローゼットにしまう。椅子や床やベッドに置かない。- Wash my bowl. 皿を洗う
食べ終わったら注意深く、手で皿を洗う。- Prepare meals in advance. あらかじめ料理する
自炊は健康的だが、日に何回も料理するとなると面倒だし、たぶん続かない。私はあらかじめ大量に用意し、一週間おなじものを食べる。- Just step out the door. 外に出る
運動するためのモットー。靴を履き、ドアを出るだけでよい。あとは自然に流れる。- Clear distractions. 気が散るものを取り除く
何かタスクを行うときは、気が散るようなものを全て取り除く。小さな行為だが、違いは大きい。- Take a walk & reflect. 散歩と自省
10?20分の散歩でよい。 ストレスを取り除くだけでなく、自省の時間にもなる。- Breathe. 深呼吸
ストレスを感じたら、深呼吸をする。How to Form Them: 習慣付ける方法
Forming a habit can be easy, if you enjoy it, take it slowly, and do it mindfully.
- Do one habit at a time.
一度に一つの習慣を- Make it easy to do.
簡単にできるように- Do it consciously, very consciously at first.
意識的に。特に最初は意識的に。- Don’t allow any exceptions.
例外をなくす。- Post your progress publicly.
経過を公開する。- Keep doing it, every single day.
毎日続ける。- Enjoy the habit.
その習慣を楽しむ。「一週間分つくってずっと食べる」以外は今日からでも始められるような内容でした。
「学力=習慣」と中学校の国語の先生は言っていました。
環境が人を作る。習慣は環境を作る。
(via kanal)
(1)汽車に乗ったら窓から外を歩く人をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。駅へついたら人の乗りおりに注意せよ。そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかがよくわかる。
(2)村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上がってみよ。そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようことはほとんどない。
(3)金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。
(4)時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。
(5)金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。
(6)私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない。すきなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。
(7)ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。
(8)これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。
(9)自分でよいと思ったことはやってみよ。それで失敗したからといって、親は責めはしない。
(10)人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ。
(『民俗学の旅』36頁~37頁)
神には物を頼むものではない:心のカーボン・オフセット - 三上のブログ
宮本が15歳で郷里を離れるときに父親から言い伝えられた「10か条の教え」はあまりにも有名である。
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100: サムー(関東):2011/02/13(日) 03:08:17.94 ID:TZSQOhLmO
しょっちゅう喧嘩してる両親がいる家庭なんて、確かに機能不全家族だと思うけど 実際、そんな家庭で育ったらしいお前らは、どんな人間に育ったの?
些細なことでキレるとか、そんな感じ?
136: ミルミルファミリー(広西チワン族自治区):2011/02/13(日) 03:23:39.58 ID:oUzPPB0EO
»100 人によって違うだろうけど、親の機嫌悪くしないことばかり気にして生きてきたから 自分の望みがよくわからない。主体性がない。 いろんなことにあまり関心がなくて、そのせいと思い出したくないことが多いせいか、 経験したことをすぐ忘れる。思い出があまりない。 傷つきやすい。親の喧嘩を止められない無力感に苛まれ続けたから自分に自信がない。 母親が結婚の後悔を愚痴り続けてきたせいか自分の人生を生きることに罪悪感がある。 親が不幸なのに自分が幸せにはなっていけないような気になる。 とにかく自分がないし、やたら感情移入しやすい上にネガティブだから傷つきやすい。
人と関係を築くのが難しい。